zakki_diaryのブログ

日々の記録。

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時間経つのが早い。もう5日になった。もう2018年なのに、今年の感覚がまだ2017年なので来年が2019年になることに違和感がある。もう始まってるんだな。

三が日は、祖父母の家へ中学生の時ぶりに行ったり、兄の彼女が家に来たりして何もない三が日ではなかった。昨日は帰省する度にいつも会う友人と飯食べて色々話した。やっぱり感性が合うと安心できるし話も通じるから楽しい。自分の弱みを分かってもらえるのはほんとありがたいと思える。ただ、アニメやゲームは全く受け付けなかったり嗜好が違うのでなんでも分かり合えることはないが、事あるごとに茶化しあえて楽しい。家で君の名はを一年半ぶりにみたけど変わらず面白かった。ラッドの曲も前々前世はダサいと思うけど、後半の曲はほんと見事だと思う。演出がほんと上手いなと感じる。序盤の口噛み酒を売るみたいなことを言うシーンとか、家族で見てたのでなんだかむず痒くなるし恥ずかしかった。ネットのネタは下品だよなあ。バラエティもそうだけど、下ネタで笑いを取るようなのはネットみたいな見ようと思えば見れるような場にあればいいと思う。

実家に帰っていると、大学へ進むまでの18年間はこの家でずっと過ごして来たんだということを実感できて、これまでを見直せる気分になる。わざわざこの地元から離れた土地へ移動したのに、いつの間にかその離れた土地での生活しか見えなくなっている。もともと暮らしてきた場所は向こうではなく地元なのだ。それなのに、少なからず向こうにしか居場所がないと思い込んでしまってた。

今はだいぶスッキリしてる。あくまで中心は自分でいなければならないし、何よりも優先すべきなのは身の回りのことだけでいい。身の回りのことしか起こり得ない。どれだけ遠くのことを知ったって、知識を増やしても、実際に起きなければ何も起きたことにはならない。未来のことなんて起こり得ていないのだから、どうなるかなんて考えるだけ無駄。自分が生活してきた範囲の出来事だけが本物で、あとは付加されたものでしかない。振り回されてしまうのは余計なものが見えているからで、実際には知らなくても良いのだという前提がないから思い悩むわけで、何がどうであろうと今の自分は変わらない。いまを生きるでも、職や地位や名誉などよりも何よりも、生きているかだけが幸せなのだというようなことを言っていた気がする。昨日、TBSでかつての天才はどうなったみたいな番組を観てたけど、本当に人生ってどこでどう転ぶのかなんて分からないものなんだなと思った。ああいうのを見てると、誰にも他人の人生なんて口に出せないなと思う。どれだけ理論的に正当性を並べたって意味がない。意味がないものにそれっぽい理由をつけてるだけで、他人に間違ってると言われようが自分さえ正しいと思った選択は誰にも否定できるもんじゃないと思える。