zakki_diaryのブログ

日々の記録。

3/26

窪塚洋介繋がりで初めてGOを観た。壮平さんのブログで知った影響もある。

面白かったけど、感想が出てくるほどではなかった。そういう意味では沈黙って余程心にくる映画だったんだなと感じた。俺の中で窪塚洋介で言えばピンポンで、深夜によく再放送されてたこともあって何度も観た。特にアクマが良いキャラクターで、頑張っても報われない辛さが伝わってきて共感してしまう。

成績があまり良くなくて、ちょっと落ち込んだ。成績に拘るのはもういいやと思っていたけど、あの時もうちょっと頑張っていれば・・・っていう気持ちが出てしまう。要は拠り所を探してしまう。自分はここまで出来るんだよっていう、一つの証明を欲しがって、それに甘えたい。あの時頑張れた自分は存在しなくて、あの時頑張ることができなかった自分が今の現状なのだから、ちゃんと受け止めないといけないけど、しっかりと認めることができてない。

報われたい、信じたい、縋りたい、救われたい。何かに拠り所を探してしまう人の弱さ。それを沈黙からこれでもかと伝わってきた。

youtubeにある沈黙の会見の動画でイッセー尾形さんが、

「今日は様々なインタビューがあると思いますが、まあインタビューはアメリカでいっぱい受けてきたんですけれども、振り返ってみると日によって言うことが違うので(笑)。今日1月12日付の、イッセー尾形の発言だと、これをご承知いただければ幸いでございます。」

と言っていたのを正にそうだなと感じて、過去の言葉はその人の通過点でしかなくて、その時感じた気持ちはずっと続く場合もあれば、すぐに変わってしまう場合や間違いだったと気付く場合もあるし、それは今のその人物にしか判断できないものだなと気付かされた。

この前、2年前くらいに買ったままずっと放置してたラストファンファーレをちゃんと読んだ時、メンバーの言葉に共感した部分がたくさんあった。一見何言ってんだと思う内容もあったけれど。その気持ちをメンバーが今もずっと抱えているとは限らないけれど、その気持ちを抱えていたからこそ、当時作られた音楽に惹かれるのだろうと感じる。最後のインタビューで同じようなことを語られてた気もするけど、受け売りの言葉じゃないと思いたい。

ファンファーレと熱狂発売時のインタビュー。

▶だけど、それでも自分が世界に対して「これっておかしいんじゃない?間違ってるんじゃない?」って思うことや、信じたいことがあって。音楽は、そういう気持ちにある種の確証を与えてくれるものだと思う。勇気――っていう言い方は好きじゃないけど(笑)。アンディの曲を聴くと、私は確証をもらったような気持ちになるんです。そういう人はいっぱいいると思う。

「俺自身もそれが欲しいんだろうね、きっと。・・・やっぱりさ、タイに行ってもインドに行っても、自分の意見は変わらなかったんだよ。ニュースを見て、街中を見回しても、小っちゃい頃の輝く思い出を思い出してもそう。ビートルズも同じことを言ってるんだよね。・・・というか、自分の中でそれを持ってくるんだよね、きっと。『ビートルズもこういってましたよ』、あるいは『筑紫哲也がこう言ってましたよ』ってことを拾い集めることで、自分の中で陣地を広げているのかなって思って(笑)」*1

この時のインタビューには良い言葉がたくさんあって、そうだよなあ、俺も何も変わらないと感じた。イタリア行っても何も変わらなかったけど、行けた確証にちょっと勇気を得た部分はある。本当はそうじゃなかったのにという気持ちに共感した。自分にとって得体のしれないものに期待してしまうけど、きっと無いのだろう。

16についても語られていて、16が好きな理由が少しわかったような気がした。

 ▶力が抜けたから自分の一番素直なメロディが出てきた感じだったの?

「まさにそういう感じ。メロディもだし、素直な言葉だし、穏やかだし。虚勢も少ないし・・・この曲だけ景色が違うんだよね。すごい綺麗だなぁって思う」

▶寂寥感も強いメロディだけど、でも透明で穏やかな光が宿ってる曲ですよね。<貰った花をまた枯らしながら今度呑もうねと嘘をつくのさ>っていう、自分の中にある弱さを抱いてあげながら、<祈りを込めて歌うように神様に会いに行くように/16のリズムで空をいく 明日もずっと空をいくのさ>と歌う歌詞がいい。

「これを歌ってると、いろいろ計算してたり虚勢を張ったりしてる嫌な自分とか、そういうとこから解放される感じがする。やっていくうちに、どんどんこの曲の良さに気付いている感覚があって」

 音楽雑誌の取材って凄いなと感じる。ここまで聴き出せるなんて余程音楽が好きなんだなと、興味なかったら無理だろうと思った。

表現者でもない限り、何かに縋る気持ちはなくしていかないといけないと最近は思う。1月の長澤さんのライブで思ったけれど、入れ込み過ぎても何もならないと感じてしまったからで、あの時あまり感動できなかったのはそんな自分をバカらしく感じたのが原因なんだろうと思う。

 

 

*1:p20