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zakki_diaryのブログ

日々の記録。

11/3 2

雑記 ライブ

長澤さんのライブ、最高だった。

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月見ル君想フでのライブも良かったけれど、今回のライブが最高だったと言い切れるのは最後に演奏してくれた「神様がいるなら」が素晴らしかったからで、まさか演奏してくれるとは思わなかった。

この曲には物凄く助けられてきた。

歌詞がもうとてもとても突き刺さる。心のイガイガをばっさり払ってくれるような、そんな気分だった。

 将来不透明な今の自分には、この曲の歌詞の全てが響いてしまう。

行き場のない決まり切ったレール。孤独を積んだ満員電車。

「こんなに好きな曲を崇めて聞いたって何になる?」

「わざわざ遠くまで出向いたって何になる?」

分からない。神様教えてくれって感じだよ、ほんとに。「コンクリート」って歌詞をつい最近まで「曲とビート」だと勘違いしていたから尚更響いた。

恵まれた環境や状況で暮らしてるのかもしれないのに、毎日気持ちがすり減ってるし、どうしようもなく逃げるように音楽に救いを求めてる自分に一喝入れてもらった。

今日演奏してくれた曲は、月見ルと大分違った。

三年間、スーパーマーケットブルース、茜ヶ空、無条件幸福、左巻きのゼンマイ、はぐれ雲けもの道ひとり旅を聴けたのが特に良かった。これはもう大満足だった。

享楽列車とアーティストが聴けなかったのは残念ではあったけど、新曲の無題を今回改めて聴け、CD買ったら何度も聴くことになりそうだなと思った。歌詞がとても良かった。

渋谷duoに来たのは初めてだったので、オールスタンディングだとは思わず最初は戸惑ったが、やっぱり長澤さんのライブは周りを気にせず気楽に聴けるから良かった。

 

ライブ終わって思ったのは、聴き手は本当に受け取る側でしかないなということだった。

長澤さんは、自分自身で曲を生み出して、それを表現して周りに認められ、あれ程の人に共感され支持され生きているということにどうしようもなく自分とアーティストの間に埋まらない差があるのだと感じた。

結局、受け取る側は自己満足でしかない。どれだけ自分が曲を通じて分かり合えたと思い、誇ったとしても、その良さを理解してもらえない人たちの中で毎日を過ごして生きていかなきゃいけない。

言葉を借りるなら、同じ方向性で見てくれる人の中で生きていけない。

俺にとってはあまり響くことはない曲も、他の人には物凄く響いている曲もあるからだ。「君だけだ」とか、今の自分には正直あまり良さがわからないけれど、響く人には物凄く響いている。

長澤さんには、自分の感性を分かり合える側面をたくさん持ち、それぞれ分かり合っているのじゃないかと。

俺はその一部を享受してるに過ぎない。

多分これは我儘でしかないし、そんなこと当たり前じゃないかとも思うけれど、ライブ終わった後にこの現実を突きつけられた気分だった。最後が「神様がいるなら」だったこともあり、好きなものに満たされて心のわだかまりを取り去ってくれたと同時に、表現する側の人たちへの羨ましさに溢れてしまった。

人はどこまでも欲に縛られるんだろうなと思う。

やっぱりアーティストは憧れで、長澤さんには何も敵わないなあと感じた。

もしかしたらこれから先、10年先と生きて、音楽を聴かなくなるかもしれない。ライブ後の気持ちがずっと続くようであれば、音楽を単なる娯楽の一つとして捉えるようになるかもしれない。そうなった方がきっと、生きるには楽だろう。

それでもきつくなった時には長澤さんは特別なアーティストで、きっと色褪せることはないだろうと思う。20歳の自分にとっては、あまりにも大きい存在。