zakki_diaryのブログ

日々の記録。

6/24

数日前に、黒子のバスケ事件の記事をみて、最終意見陳述を読んだ。

興味本位で流し読みしてたけど、思いのほか面白くて全て読んでしまった。

事件自体は知っていたけど、ここまで自分の内面を、経験をもとに分析して文章を書いていたんだとは思わなかった。

色々思ったことはあるけど、この人の人生の辛さを知らないから何も言えない。

「努力」については論点すり替えてただ言い訳にしてる部分もあるんじゃないかと感じたけど、「安心」についてはその通りじゃないかと感じた。 

学校という環境は狭すぎるし、人に依っては苦行だろう。

中学生の頃には、総合とか社会とか名前だけはそれっぽい科目あったけど、現実の社会の事なんて教えてくれなかった。

 職業調べたり、いじめは良くないみたいな協調性の授業や歴史の勉強ばかりで、これから自分たちが関わっていくであろう現実の社会について、教えてくれた先生は居なかったと思う。

中学生の頃に選択した進路が、その後の将来の大部分を決めるものだと俺は思う。

こういう進路をとるとこういう大人になるぞって中学生の時点で教えて欲しかった。

「こういう大人になりたい」と思った時、失敗してしまうともう元の生活に戻れないから、迂闊に進むことはできないけれど、子供の頃にもっと早く知っていたら、失敗のリスクも少なかっただろうと思う。

子供の頃なんて周りの環境が全てだし、まだ中学生だからと将来なんて考えられなくて、とりあえず良い高校に行けばいいとしか思えなかった。

そうやって目先の目標ばかり目を向けて、自分と向き合おうともせず、周りに合わせて流されて生きてきて、ふと気づくと自分は何がやりたいのか分からない。

いや、何がやりたいのか考えないようにしてきたのかもしれないけれど。

失敗を恐れずに挑戦する生き方、無難な生き方と色々ある中で、自分に適した環境を選ばないといけない時に、頼れるのは自分だけで教科書や他の誰かが教えてくれるわけじゃない。

 中学二年あたりに色々な方向性があるという話を聞きたかった。

そこで、将来何になりたいのか、考えることは重要だと思う。

少なくとも、もっと早い段階で自分が本当になりたい大人像というものを決めておきたかった。

現状に満足できない状況を中学時代の自分に責任転嫁するつもりじゃないけど、高校受験前に色々な進路の選択を聞きたかったなーってふと考えてしまう。

あの頃はサラリーマンという言葉が誰を指すのかすらあやふやだった。