zakki_diaryのブログ

日々の記録。

6/5

考え方が違うとどうしようもなく分かり合えないんだと思った。

それは俺も同じだから、人のことを言える義理ではないけれど。

考えない人にとってはただの何気ない日常に対して疑問を持ったり悩んだりしないのだと昨日話して思った。

一人を経験していたり、嫌わない人は、どことなく悩んでいるものだと思っていたし、理解してもらえると思っていたが、そうでもなかった。

非日常という言葉を検索したら、この記事が出てきた。

他人と違う自分

この記事の言いたいことは分かるけれど、それは相手を理解したフリでしかないと思う。

もちろんこれは人によってしまうが、価値観と言うのは合わなければどうしようもなくて、理解し合う事は難しいと思う。

広く浅く人と付き合いたいタイプと、狭く深く人と付き合いたいタイプがいるとして、そういう考え方があるよねと尊重し合えたとしても、それはお互いに理解したとは思えない。

なぜならお互いそういう思考に至った経緯が違うし、成りたくてなったわけではないし、必ず何かしら影響があってその人が出来ているわけだから、似たような経験が無ければ理解することは厳しいと思う。

そういう事を踏まえても、俺の中では一人ということを理解できるかできないかと言うのは重要ではあるわけで、やはり人それぞれ深く分かり合えるかどうかの判断基準があると思う。

表面上の仲ほど信頼できないものはないと俺は思っていた。

今までそうだった。誰からも優先度が低くて、人の嫌な部分が見えてしまって、こんな性格になった。みんな仮面を被っているようにしか見えなかった。

でも仮面を被っていること自体に気付いていない人もいれば、仮面のままでもいいと自覚して過ごしている人もいるし、人付き合いに対して何が間違っているだとか、正しさがあるわけではないと分かった。

そうした中で、人に期待することは野暮だと思いつつ、それでも生きていくには誰かしらと関わりが必要であるから、色んな条件の中で埋もれながら生きていくしかなくて、満たされない気持ちを抱えながら過ごしてしまう。

色々諦めてはいるけど、それでも求めたい。これはどうしようもないのだろうか。

非日常が欲しいな。

 


遠くへ行きたい ジェリー藤尾