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zakki_diaryのブログ

日々の記録。

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わたしのなかの悪魔。

全部良いこと言ってるけど一部抜粋。

・オカザさん

ちょっとばかり自分のやりたい仕事とは離れてしまったが、まったく違うわけでもない。

これでヨシとしよう。

大体この世の中の何人が100パーセントやりたい仕事に就き、100パーセント望む人生を歩めるというのだ。

僕はそこそこやりたい仕事に就いて、そこそこ望むような人生を歩める。それでいいじゃないか。本当ににそう思う。もう、子供じゃないんだ。

 ベルアンドセバスチャンの新しいアルバムを聴いた。胸が痛くなった。でも、泣かなかった。泣いてしまうには幾分僕は若かった。だけどこの先僕は、間違いなく年を取る。

そして、人生の多くの部分を「それでいいじゃないか」と言って、妥協していくのだ。

彼らはきっと「それでいいじゃないか」なんてこの先も、ずっと言わないだろう。

そして僕は、やがて彼らの音楽が聞けなくなってしまうのだろう。

 ・まぐろさん

「癒し系」という言葉が嫌いだ。

何が気に入らないかというと、「癒し系」という言葉が持つ何ともいえない曖昧さ、

言葉の持つ意味そのものを曖昧にしてうまいこと逃げおおせてしまおうと
いうようないいかげんさに違和感を感じているのだと思う。
「癒される」って、誰に?何に癒されるの?そもそも何を癒されるの?病気・傷・苦しみ?

そりゃあ、生きていれば嫌なことだってある。苦しいことだってある。

というか、生きるってのは苦しいことだろう。多分。

28年も生きてきていまだによく分からないけども。

僕らが毎日生きている苦しみや痛みはそんなわけの分からない、

曖昧な音楽や写真ぺらやなにやらで「癒されて」しまうほど単純で浅いものなのだろうか。 

悲しくなってくる。

一人の部屋で寂しいとき、寂しくて悲しくてやりきれないとき。どうするか。友達に電話をする。誰かと遊びに行く。それでもいい。

けど、それは曖昧な「癒し」でしかない。本質的な解決ではない。
パーティーの後はいつも虚しい。じゃ、どうするか。

一人を楽しむしかない。一人を楽しむ方法を見つけるしかない。

それは痛みをともなう作業だ。当然だ真の「癒し」とは自分を苦しめる、傷つける

様々な要因に真っ向から立ち向かってそれを排除することだ。戦うことだ。実体のない横道に逃げることではない。

十数年も前の記事だけど、なるほどと思う点があって共感した。

もちろんどれが正しいなんて言うものはないと思うけど、何か少しモヤモヤが晴れた。