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zakki_diaryのブログ

日々の記録。

4/30

今日は心待ちにしてた、ニューピアホール竹芝で開催のARIAイベントに行ってきた。

15時半開場に間に合うくらいの時間帯に着いたけど、待機列がものすごく長くてびっくりした。男性が8割くらい占めてて、やっぱりおっさんや青年くらいの人たちが多かったけど、年配の方も見たし、色んな年代の人がいた。

グッズ販売に行ったら、ショーロクラブの新アルバムを買うと妹尾さんとショーロクラブのメンバーさんの直筆サインが貰えると知って、無事にゲットした。すごく嬉しかった。

今回めちゃくちゃ席に恵まれて、前から数えて数列目という運の良さだったので、今までこんな経験なかったから、始まる前からすっごくワクワクして楽しかった。開演前は写真okだったので撮った。

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内容は、初めに声優さんによる朗読劇➀、ショーロクラブ妹尾武さんによるサントラ演奏、佐藤順一監督を交えてのバラエティ企画(クイズとかお絵描きとか)、最後に➀の続きの朗読劇で終演だった。ほぼ2時間。すっごく素敵な時間だった。

朗読劇はオリジナルらしく、時系列的にはアッベニーレ後で、映像はなくてもARIAの世界が目の前で広がっていた。久しぶりに集まってビエンナーレをしようという話になり、キャラ同士のほのぼのした会話、時折恥ずかしいセリフやありがたいお話が繰り広げられて、優しい空間だった。会えなくとも、縦の糸、横の糸で誰もが繋がっているというアリシアさんのお話が印象的だった。目の前で声の演技を観て、全く声が崩れない所にプロの凄さを感じたり、声優さんも仕事としてこの舞台に立っているだけで、同じ人間なんだよなあという当たり前のことを実感した。

今回一番楽しみにしてたのはサントラの演奏で、特によく聴いていた馴染みのある曲の生演奏は、本当に癒された。

ショーロクラブの秋岡さん曰く、ARIAの曲を大々的に公然でやるのは初めてらしく、演奏もアニメ収録以来だということで、今回のために練習してきたという。それにはみんなびっくりしてた。それでも弾けちゃうのが私たちなんですっていう言葉に笑いが起こったりして、MCが面白かった。

正直、ショーロクラブの演奏はちょっと噛み合っていないように感じた部分も少しあったけど、心地良い演奏で素晴らしかった。特に、妹尾武さんのピアノ演奏が際立って良くて、沁みわたるようにピアノの音色が響いてきた。"アリアの憂鬱"でのピアニカ演奏では、ピアニカってあんな音の強弱や音の伸びができるんだなと、中学の頃の鍵盤ハーモニカのイメージしかなかった自分にとって、プロのピアニカ演奏は初めての体験だった。ショーロクラブは知っていたけど妹尾さんのことはあまり知らなかったので、今回聴くことができて本当に良かった。欲を言えばもっと演奏して欲しかった。セトリはよく思い出せないけど、風読み、おだやかな午後、アクアアルタ日和、AQUA、篝火のノクターン、星影のゴンドラは確かに聴いたように思う。おだやかな午後とか本当に良い曲だよなあと思う。

この演奏の後、声優さんに佐藤順一監督を交えてクイズやシンデレラの3コマ漫画を描いたりする企画が行われて、盛り上がった。

朗読劇終わった後、告知があって、9月にアッベニーレの三部作まとめたのを販売するらしく、今回の朗読劇も収録されるとのことだったので欲しいなと思った。ARIAカフェの話もあったけど、都会だろうし行けないなと思った。葉月さんが第一子をご懐妊されたというおめでたいお話や、それぞれのキャストさんのお話が温かかった。

大分費用がかさんだけど、行けて本当に良かった。落ち着いた空間で癒されたし、満足だった。ちょっと思ったのが、生と言ってもスピーカーやマイクのような機材を通してしまうとリアリティが落ちるように感じた。会場の大きさの都合上とかあるかもだけど、ソロギターとか生音で聴きたかった。

また明日からいつもの日々だ。終わった後に東京駅に居たら、大量の人が忙しなく移動してて、なんだかその流れの一員になった気分になって、俺はここから遠く離れたところに居場所があるということが薄れる。今日は色々と発見もあって、勇気をもらえたような気分。東京で学生生活送っていたらもっと趣味が充実してただろうと思う。

ライブ後やイベント後に帰宅するとほんと空虚。自分の好きなもので満たされた空間から、特に心の底から満たされることもない元の場所に放り出されて、これからもおまえはそこで生きるんだよと現実を突きつけられる。別に悲しい事があるわけじゃないけど、消費する立場っていつまでも消費してられないし、逃避しても必ず戻らざるを得ない。生産する立場の人はずっと生産して居られて、たくさんの人から認めてもらえる。もちろんそこに至る過程は大変だったのかもしれないけれど。長澤さんのパーフェクトワールドが沁みる。過ぎてゆくそして取り戻せない。そうさだからこその今なんだ。完全なんて訪れない。それでも頷いてゆくよ。

4/29

今日は友達と会って、色々と話した。音楽の話が通じるからうれしい。最近ハマった曲を共有できて楽しかった。何気なく思ったことを話せるのって幸せなことだと思う。

ドキュメント72時間に出てた大宮の伯爵邸に行けた。メニューはいろんな種類があって、結構いい値段がして高かった。ミルクセーキコスパ悪すぎたけど、雰囲気がとても良くて、すごく話しやすかった。チェーン店の喫茶店とかにありがちな、周りの客によってものすごく話しづらい雰囲気とか入りづらい雰囲気が無くて、ここはとても居心地が良いお店だった。

 明日のARIAのイベントが楽しみ。

ARIAは原作以上にアニメの方が好きで、OPEDも良いし、音楽に映像にキャラに内容と、癒しとしての要素が揃い過ぎていてすごく浄化して貰える。席も前の方ですごく恵まれた。ショーロクラブの演奏がでっかい楽しみ。 


めぐり逢い ショーロクラブ/武満徹ソングブックより

4/28

今週で四月が終わる。めっちゃ早い。先週満開だった桜も、もう散り時で、これまで結局、いわゆる一般的な花見っていう集まりをしないで終わったなーと思った。

最近ようやく研究室生活が成れてきた。人間的にも学業的にも未熟で他人と比べて何かと不甲斐なく思ったりしたけれど、大分落ち着いてきた。今日は別の研究室に入ってる友達と話をした。研究で充実してて楽しいと聞いた。同じ学科なのに、やってる研究分野は全く違う。四年からは講義もほぼないし、バイトしてなかったら本当に研究室内で人間関係が終わりそうなくらい閉じた関わりになって、久しぶりに話ができた。

就活してる研究室の同期は良い企業に内定貰ってて、就活って本当に人に依るものだと思った。理系は院に行かないといい企業には行けないとか通説としてあるけど、中小でもしっかりした企業がたくさんあるし、自己分析して自分は今どのくらい能力があるのか把握する事が一番大切だと感じた。大企業だからといって、ニュースを見ていても信用ならないなと思うし、実力をつけていかないといけないなと感じる。

パワーポイントで発表するリハを学生同士でやっただけなのに、全然上手くいかなくて、いかに自分が緊張しやすいか痛感した。もっと慣れなきゃいけないと思った。

 

4/24

俺は何を思って、何のために今こう歩んでいるんだろう?っていう不安が、ちょっとしたことで紛れ込んでくる。その度にグラグラ揺れされて、他人と比べちゃいけないって分かっていても、あの時ああしとけばこうなれたんじゃないかとか思ってしまう。どう進もうが確信がないし、色んな事情に折り合いをつけて今の道を進んでるはずなのに、縋れるような軸がないからしっかりと保てない。いかに他人と比べて正しく生きたいんだろうってことに気付かされる。どれだけ正しく、間違いなく生きたいんだって思う。別に誰かと比べて遠回りしてようが、甘えていようが良いのに、そう割り切れるような余裕がない。しっかりしなくちゃって律することが毒になってしまう。

「家で何してる?」って聞かれて、「youtubeで音楽聴いたり映画観たり」って返したら「家で何をしても休まらないんだよね」って言われて、「今の時期ってみんなそうなんじゃない?俺もよく分からないけど」って言ってしまった。もっとちゃんとした言い方あったんじゃないかと、後悔してる。そんな答えが欲しかったんじゃないだろうなと思う。今の時期はみんなそうなんじゃないのって、小山田咲子さんの本の受け売りだなって言ってしまってから気づいた。

一体、どれだけの人が確信を持って胸を張って生きているんだろう。そこまでの土台がある人を自立してるって言うのだろうか。ちょっとしたことで内心冷え冷えだ。そのとき何を考えていたかすぐに忘れてしまう。書き留めておけばあの時の自分はこんな気持ちだったんだと、ちょっとは安心できる。

今日は長澤さんのライブが東京であったらしく、行った人羨ましいなと思った。しんどいときは回送とはぐれ雲けもの道ひとり旅が沁みる。

4/23

バイトしててよかったと思う。吐き出せる場があると楽になる。バイト先は割と自分と似たような人たちが多い。研究室は良い人たちではあるけど、人付き合いに億劫しない人たちばかりだから、内心擦り減ってしまう。人によるとは言えど、世の大多数は人付き合いに億劫しないんだろうと思う。上手く立ち回っていく力を付けないといけないとは思うけれど、今のままで無理に振舞う必要もないのではとも思ったりする。一体どこまで社交的であればいいんだろう。社会に出たらもっと大変なんだろうか。

なんかネットに書いたら後悔するような気持ちばかり抱えてしまう。しょうもない事ばかり気にして弱る。何者の上辺感に似たことってきっとどこにでも散らばってるんだろうなって思う。拓斗になってしまいそうではたまた隆良になってしまいそうで、自分のことはほったらかしにして、きっと知らず知らずのうちに偉そうになってるかもしれない。だから気を付けなきゃっていうのも少し違うし、直せばいいのかというわけでもないし、何が正しいっていうこともないから仕方がない。指摘されたら滅相もございませんと思う。もっと自然体で過ごしたい。

今日はリトルミスサンシャインを観た。まあまあ面白かった。今度はモンスター上司と天国はほんとうにあると神は死んだのかが見たい。予告編漁ると観る意欲が出る。

フリフラ見たことないけど、この曲がとても好き。アニソンにもたくさんいい曲あるのに、何かの括りで判断されちゃうってもったいない。


OVER THE RAINBOW

 

 

4/17

ラッキーオールドサン知ってからハマってしまった。kitiってレーベル自体がすごく好みなメロディのアーティストが多くて、知らないだけだと分かると嬉しくなる。

自分を強く持つとだいぶ楽になる。今日は一日安泰だった。なんだかんだ大人だ。

かみちゅやっぱり良いアニメ。尾道行きたい。広島行きたいな。

4/16

月がきれいってアニメのダメージがやばい。はあ・・・なんなの主人公・・・俺より100倍も青春送ってんじゃん・・・俺も中学時代から小説書いてる系男子に成りたかったわ・・・

部活動やってて何を得られただろう。俺の中学時代、高校と、何だったんだ。

月がきれい、川越が舞台だから見てしまう。親の実家が川越にあって、小学生の頃にお祭りの季節によく行ってた。丸広とか懐かしい。もうずっと、行ってないから懐かしい。色々と思い出す。

何かに夢中になってる間は、忘れられるんだよなあ。たとえそれが何であろうと忘れられる。間違えちゃいけないのはただ忘れてるだけってことで、空虚な気分が無くなるわけじゃない。なんだってそうで、みんな誤魔化して生きているようにしか見えない。それでも充実してる人たちは、それを誇示したがって、充実してない人に一種の優越感を少なからず抱えてる。何で生きてるだとか、生きてて楽しいかって言葉を言えるとしたら、きっと今が幸せなんだろう。きっとこの問いってずっとのしかかるものだと思う。仕事、人間関係、好きなこと、色んな事で誤魔化して忘れてる。きっとそう出来ない人たちを遅れてるって思う人間もたくさんいるんだろう。だから上手くやれない人をそういう目でしか見れない。そんなの糞くらえって思う。

何が正しいんだろう。惡の華で春日が自分の部屋で「ふぅ・・・」って息を吐くシーンがあるけれど、あの気持ちが凄く分かる。周りの環境に気を遣ってしまう。価値観違うってめんどくさい。これからずっとこうゆうことばかりなんだろう。

やっぱり自分でしっかり保たなきゃいけない。他人の意見は他人でしかない。自分の人生を進むのは他人じゃないし、あくまで自分の選択で成り立っていくものだから、主眼を置くのは自分にしなきゃいけない。今の環境も、例え周りに支えてもらえてるとして、他人のおかげだって思うとしても、それを自分が享受してるっていうように主体的に捉えなきゃならない。他人の厚意に感謝しても、それに飲まれて自分を失ったら駄目だ。何でも自分で選んでるってことを意識しないと間違って生きてしまいそうだ。