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zakki_diaryのブログ

日々の記録。

4/24

俺は何を思って、何のために今こう歩んでいるんだろう?っていう不安が、ちょっとしたことで紛れ込んでくる。その度にグラグラ揺れされて、他人と比べちゃいけないって分かっていても、あの時ああしとけばこうなれたんじゃないかとか思ってしまう。どう進もうが確信がないし、色んな事情に折り合いをつけて今の道を進んでるはずなのに、縋れるような軸がないからしっかりと保てない。いかに他人と比べて正しく生きたいんだろうってことに気付かされる。どれだけ正しく、間違いなく生きたいんだって思う。別に誰かと比べて遠回りしてようが、甘えていようが良いのに、そう割り切れるような余裕がない。しっかりしなくちゃって律することが毒になってしまう。

「家で何してる?」って聞かれて、「youtubeで音楽聴いたり映画観たり」って返したら「家で何をしても休まらないんだよね」って言われて、「今の時期ってみんなそうなんじゃない?俺もよく分からないけど」って言ってしまった。もっとちゃんとした言い方あったんじゃないかと、後悔してる。そんな答えが欲しかったんじゃないだろうなと思う。今の時期はみんなそうなんじゃないのって、小山田咲子さんの本の受け売りだなって言ってしまってから気づいた。

一体、どれだけの人が確信を持って胸を張って生きているんだろう。そこまでの土台がある人を自立してるって言うのだろうか。ちょっとしたことで内心冷え冷えだ。そのとき何を考えていたかすぐに忘れてしまう。書き留めておけばあの時の自分はこんな気持ちだったんだと、ちょっとは安心できる。

今日は長澤さんのライブが東京であったらしく、行った人羨ましいなと思った。しんどいときは回送とはぐれ雲けもの道ひとり旅が沁みる。

4/23

バイトしててよかったと思う。吐き出せる場があると楽になる。バイト先は割と自分と似たような人たちが多い。研究室は良い人たちではあるけど、人付き合いに億劫しない人たちばかりだから、内心擦り減ってしまう。人によるとは言えど、世の大多数は人付き合いに億劫しないんだろうと思う。上手く立ち回っていく力を付けないといけないとは思うけれど、今のままで無理に振舞う必要もないのではとも思ったりする。一体どこまで社交的であればいいんだろう。社会に出たらもっと大変なんだろうか。

なんかネットに書いたら後悔するような気持ちばかり抱えてしまう。しょうもない事ばかり気にして弱る。何者の上辺感に似たことってきっとどこにでも散らばってるんだろうなって思う。拓斗になってしまいそうではたまた隆良になってしまいそうで、自分のことはほったらかしにして、きっと知らず知らずのうちに偉そうになってるかもしれない。だから気を付けなきゃっていうのも少し違うし、直せばいいのかというわけでもないし、何が正しいっていうこともないから仕方がない。指摘されたら滅相もございませんと思う。もっと自然体で過ごしたい。

今日はリトルミスサンシャインを観た。まあまあ面白かった。今度はモンスター上司と天国はほんとうにあると神は死んだのかが見たい。予告編漁ると観る意欲が出る。

フリフラ見たことないけど、この曲がとても好き。アニソンにもたくさんいい曲あるのに、何かの括りで判断されちゃうってもったいない。


OVER THE RAINBOW

 

 

4/17

ラッキーオールドサン知ってからハマってしまった。kitiってレーベル自体がすごく好みなメロディのアーティストが多くて、知らないだけだと分かると嬉しくなる。

自分を強く持つとだいぶ楽になる。今日は一日安泰だった。なんだかんだ大人だ。

かみちゅやっぱり良いアニメ。尾道行きたい。広島行きたいな。

4/16

月がきれいってアニメのダメージがやばい。はあ・・・なんなの主人公・・・俺より100倍も青春送ってんじゃん・・・俺も中学時代から小説書いてる系男子に成りたかったわ・・・

部活動やってて何を得られただろう。俺の中学時代、高校と、何だったんだ。

月がきれい、川越が舞台だから見てしまう。親の実家が川越にあって、小学生の頃にお祭りの季節によく行ってた。丸広とか懐かしい。もうずっと、行ってないから懐かしい。色々と思い出す。

何かに夢中になってる間は、忘れられるんだよなあ。たとえそれが何であろうと忘れられる。間違えちゃいけないのはただ忘れてるだけってことで、空虚な気分が無くなるわけじゃない。なんだってそうで、みんな誤魔化して生きているようにしか見えない。それでも充実してる人たちは、それを誇示したがって、充実してない人に一種の優越感を少なからず抱えてる。何で生きてるだとか、生きてて楽しいかって言葉を言えるとしたら、きっと今が幸せなんだろう。きっとこの問いってずっとのしかかるものだと思う。仕事、人間関係、好きなこと、色んな事で誤魔化して忘れてる。きっとそう出来ない人たちを遅れてるって思う人間もたくさんいるんだろう。だから上手くやれない人をそういう目でしか見れない。そんなの糞くらえって思う。

何が正しいんだろう。惡の華で春日が自分の部屋で「ふぅ・・・」って息を吐くシーンがあるけれど、あの気持ちが凄く分かる。周りの環境に気を遣ってしまう。価値観違うってめんどくさい。これからずっとこうゆうことばかりなんだろう。

やっぱり自分でしっかり保たなきゃいけない。他人の意見は他人でしかない。自分の人生を進むのは他人じゃないし、あくまで自分の選択で成り立っていくものだから、主眼を置くのは自分にしなきゃいけない。今の環境も、例え周りに支えてもらえてるとして、他人のおかげだって思うとしても、それを自分が享受してるっていうように主体的に捉えなきゃならない。他人の厚意に感謝しても、それに飲まれて自分を失ったら駄目だ。何でも自分で選んでるってことを意識しないと間違って生きてしまいそうだ。

4/13

ネコ歩きのケアンズ回、こんな生活したいなあ。広い庭で日向ぼっこしながら猫と遊ぶなんて最高な過ごし方。これで楽器も弾けたら言うことない。

こんな余生を暮らしたい。このバディちゃんがかわいい。

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4/11

昨日、となりのトトロを久しぶりに見た。何気なく見たらとても懐かしかった。

学校が終わったら辺りがうす暗くなっていて、雷も鳴り出して今にも雨が降り出しそうなあの夕暮れの雰囲気を見て、色々と思いだした。ここずっと夕立を見ていない気がする。今にも降り出しそうだけど、いつ降り出すか分からなくて、急に雨が降り出すあの雰囲気。夕立後の雨や草の匂い。あのシーンを見ると自分の下校ルートを思い出す。あの頃は自然が身近だったのに、今はとても無機質な生活で息苦しい。思春期前の子供にしか感じられなかった情景ってもうずっと戻らないんだろうなあ。

サークルの誰々が~とか飲み会あった~だとか、人間関係を生活の中心にしてきた人たちが多くて、人と関わってきたこと、自分の経験がそのまま雑談に成り得て会話になる。逆に、ずっと自分の好きなようにして人間関係を築いてこないでいると、自分にとって好きなものや苦手なものが多少増えても人と関わってきたことが少ないから、雑談でも話題が少なくて相槌を打つぐらいしかできない。それも複数人になると誰かがその役をやるから自然と黙ってしまうことが多い。経験が少ないから、ずっと話さずにいると今度は静かな人だねって思われる。思われていないかもしれないけど、そう思われてるかもしれない。そもそも、「あなたは暗い人だ、明るい人だ」っていう分類はいい加減に無くなってほしいと俺は思う。GOの在日の話じゃないけど、その人はその人でしかないのに、暗い人だからネガティブなイメージしか持たないとか、明るい人だからポジティブなイメージしか持たないみたいな、ある要素だけでずっとその人を決めつけるような感覚。それがないと良いけど、その感覚を持ってるかどうかって人それぞれで分からない。相槌も打たなかったら、その人の話に興味がないと思われてしまう。何気なく、さりげなく。関係が浅いほど、その人のことを知る要素ってそんなぐらいでまだ慣れない。

別に些細などうでもいいことだけど、それがちょっとずつ積もると疲れる。

4/10

恋人たちを観た。俺には早すぎたのか、良さがよく分からなかった。個人的にはぐるりのことの方が良かった。共感できなかったのが大きいかな。涙を流すシーンもあったけれど、そういうことじゃない。弱さって目を背けることじゃないと俺は思う。


Yael Naim - Far Far - Official Video