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zakki_diaryのブログ

日々の記録。

3/28

ぐるりのこと。って映画を観た。良かった。unextの無料期間終わるまでに興味があるのを出来るだけ見たい。ながら見できるからだらっと観れていい。

ダラダラするには最適のこの部屋をちゃんと片付けたいけど、天気が悪いと洗濯も出来ないし何もできない。晴れてほしい。歌詞が深い。一つの作品だ。


Akeboshi - Peruna

3/27

バイトで、年下に馬鹿にしてるような話し方をされて、ムッとなってしまった。

でも、自分がその人を少し見下してみていたからかもしれないとも思ってしまい、分からなくなってしまった。

自分が絶対に正しいみたいなオーラというか、自分には何か誇れるものがあると思っていて、それを理由に高慢ぶっているような雰囲気を、年下の人間から感じ取る時がある。俺がかつてそうだった時期があったように思うから、ただそう見えているだけなのかもしれないし、ただ自分自身が相手を勝手に決めつけているだけなのかもしれなくて不安になる。意識せずこんな態度をしていたらと思うと自分にがっかりする。

他人から得られるものじゃなくて、自分で自分をちゃんとコントロールできる自信が欲しいと思う。それが本当に足りない。マズロー欲求5段階説を知ったけれど、尊重欲求でいう技術や能力の取得、自己信頼感なんだろうなと思う。頭の片隅に置いておきたい。

GOの主題歌がとても良い。


The Kaleidoscope - 幸せのありか -theme of GO-

3/26

雑記

窪塚洋介繋がりで初めてGOを観た。壮平さんのブログで知った影響もある。

面白かったけど、感想が出てくるほどではなかった。そういう意味では沈黙って余程心にくる映画だったんだなと感じた。俺の中で窪塚洋介で言えばピンポンで、深夜によく再放送されてたこともあって何度も観た。特にアクマが良いキャラクターで、頑張っても報われない辛さが伝わってきて共感してしまう。

成績があまり良くなくて、ちょっと落ち込んだ。成績に拘るのはもういいやと思っていたけど、あの時もうちょっと頑張っていれば・・・っていう気持ちが出てしまう。要は拠り所を探してしまう。自分はここまで出来るんだよっていう、一つの証明を欲しがって、それに甘えたい。あの時頑張れた自分は存在しなくて、あの時頑張ることができなかった自分が今の現状なのだから、ちゃんと受け止めないといけないけど、しっかりと認めることができてない。

報われたい、信じたい、縋りたい、救われたい。何かに拠り所を探してしまう人の弱さ。それを沈黙からこれでもかと伝わってきた。

youtubeにある沈黙の会見の動画でイッセー尾形さんが、

「今日は様々なインタビューがあると思いますが、まあインタビューはアメリカでいっぱい受けてきたんですけれども、振り返ってみると日によって言うことが違うので(笑)。今日1月12日付の、イッセー尾形の発言だと、これをご承知いただければ幸いでございます。」

と言っていたのを正にそうだなと感じて、過去の言葉はその人の通過点でしかなくて、その時感じた気持ちはずっと続く場合もあれば、すぐに変わってしまう場合や間違いだったと気付く場合もあるし、それは今のその人物にしか判断できないものだなと気付かされた。

この前、2年前くらいに買ったままずっと放置してたラストファンファーレをちゃんと読んだ時、メンバーの言葉に共感した部分がたくさんあった。一見何言ってんだと思う内容もあったけれど。その気持ちをメンバーが今もずっと抱えているとは限らないけれど、その気持ちを抱えていたからこそ、当時作られた音楽に惹かれるのだろうと感じる。最後のインタビューで同じようなことを語られてた気もするけど、受け売りの言葉じゃないと思いたい。

ファンファーレと熱狂発売時のインタビュー。

▶だけど、それでも自分が世界に対して「これっておかしいんじゃない?間違ってるんじゃない?」って思うことや、信じたいことがあって。音楽は、そういう気持ちにある種の確証を与えてくれるものだと思う。勇気――っていう言い方は好きじゃないけど(笑)。アンディの曲を聴くと、私は確証をもらったような気持ちになるんです。そういう人はいっぱいいると思う。

「俺自身もそれが欲しいんだろうね、きっと。・・・やっぱりさ、タイに行ってもインドに行っても、自分の意見は変わらなかったんだよ。ニュースを見て、街中を見回しても、小っちゃい頃の輝く思い出を思い出してもそう。ビートルズも同じことを言ってるんだよね。・・・というか、自分の中でそれを持ってくるんだよね、きっと。『ビートルズもこういってましたよ』、あるいは『筑紫哲也がこう言ってましたよ』ってことを拾い集めることで、自分の中で陣地を広げているのかなって思って(笑)」*1

この時のインタビューには良い言葉がたくさんあって、そうだよなあ、俺も何も変わらないと感じた。イタリア行っても何も変わらなかったけど、行けた確証にちょっと勇気を得た部分はある。本当はそうじゃなかったのにという気持ちに共感した。自分にとって得体のしれないものに期待してしまうけど、きっと無いのだろう。

16についても語られていて、16が好きな理由が少しわかったような気がした。

 ▶力が抜けたから自分の一番素直なメロディが出てきた感じだったの?

「まさにそういう感じ。メロディもだし、素直な言葉だし、穏やかだし。虚勢も少ないし・・・この曲だけ景色が違うんだよね。すごい綺麗だなぁって思う」

▶寂寥感も強いメロディだけど、でも透明で穏やかな光が宿ってる曲ですよね。<貰った花をまた枯らしながら今度呑もうねと嘘をつくのさ>っていう、自分の中にある弱さを抱いてあげながら、<祈りを込めて歌うように神様に会いに行くように/16のリズムで空をいく 明日もずっと空をいくのさ>と歌う歌詞がいい。

「これを歌ってると、いろいろ計算してたり虚勢を張ったりしてる嫌な自分とか、そういうとこから解放される感じがする。やっていくうちに、どんどんこの曲の良さに気付いている感覚があって」

 音楽雑誌の取材って凄いなと感じる。ここまで聴き出せるなんて余程音楽が好きなんだなと、興味なかったら無理だろうと思った。

表現者でもない限り、何かに縋る気持ちはなくしていかないといけないと最近は思う。1月の長澤さんのライブで思ったけれど、入れ込み過ぎても何もならないと感じてしまったからで、あの時あまり感動できなかったのはそんな自分をバカらしく感じたのが原因なんだろうと思う。

 

 

*1:p20

3/23

今日はボーッと過ごしてしまった。明日は免許更新行かなきゃ。

昨日観た沈黙のロドリゴの、生まれる時代さえ違えばこんな仕打ちにはならず崇高なまま死ねた、生まれた頃は迫害などなかったのに、といったニュアンスのセリフが心に響いて、未だに心に残る。

生まれる時代さえ違えば、〜だったのに。

思うように生きることができなかったあの頃の人々の気持ちは、どの時代であれ多くの人の心に触れると思う。文化的にも物質的にも恵まれた今でさえも。

今はネットに繋がりさえすれば大量の情報が得られてしまう。それが必要か必要でないにしても、得られてしまう。

高校に入学した2011年は、まだガラケーが主流に思えていたのに、高3時の2013年にはスマホがありふれていて、生徒アンケートでは高校内のライン普及率は9割だった。俺はその1割だったけど、たったの2年で環境が大きく変わった。

大学入学時の2014年からもう3年が経つ。この3年間、俺は特に目立った変化を感じていないけど、もしかしたら世の中は変化していて、どんどん進んでいるのかもしれない。あの頃の2年と今の3年にどんな違いがあるんだろう。

便利になるにつれて、物事は更にややこしくなるように思う。いや、置いていかれているようにも思える。ある種のデジタルデバイドだと感じる。以前だったら気にならないことが、今は気にしないといけないように思うし、以前だったらやらなくても良かったことが、今はやらなくてもいけないように思えて、その境界線が曖昧だと思う。知識だけに限らず、人間関係にも影響してるし、普及の気味悪さを感じる。

なんだかうまく言葉にできないけど、ポカンと浮いてるような、ままならない気分がある。沈黙見たことで自分の中で何かが矛盾していて、それがうまく分からない。自分がグラつく。そもそも自分に必要なことか。何も知らないままの人生と知り続ける人生のどちらが良いというのか。比べるべきでないことも、自分で選ぶには比べなければならない。めんどくさい。

 

3/22

今日は友達と会った。開楽のジャンボ餃子食べた。美味しかった。

暇だったので沈黙を観た。おもしろかった。窪塚洋介が出る度にフフってなったけど、内容はとても重い話だった。日本史選択してないし、歴史は中学で止まっているから、キリストといえばザビエルが布教して、信長が保護してたとか、徳川幕府の時は天草一揆があったぐらいの知識しかなくて、映画の登場人物に実在する人物がいることも知らずに観てた。あの頃の人々は、こんな英語上手いのだろうか。70年前の戦時中ですら想像が及ばないかったから、400年前なんて尚更だった。

帰ってWikiを見てようやく色々と知った。1971年にすでに映画化されてたとは知らなかった。事実云々というよりも、この映画から受け取るメッセージは心理的で、現代に通じる要素が強いように思えた。

遠藤周作Wiki眺めて、リンク辿ってたら人間関係の項目があって、興味本位で眺めてた。出典見たらほぼ一つの本でビックリ。心理学って奥が深いんだなといろんな項目眺めてて思った。

今日映画を見てみて、何も知らず先入観なしに観た方が面白みが増すと改めて感じた。

3/20

もう三月終わるんだなあ。早い。20日超えるとあっという間だ。

久しぶりにyouは何しに日本へを観た。実家に帰って来たなという感じ。関東のチャンネルの安心感。やっぱりこの番組が好き。みんな日本にいるだけで楽しそうで、日本に来る事情はそれぞれだけど、日本に来る理由に事情の大きさなんて関係ないと感じさせられる。これから何かが起きるような、期待感が伝わってくるのが良い。それに一人で全部何とかしようとしてるのが惹かれる。こういう純粋な気持ちの強さを見習いたい。

3/19

ナショジオの人生の鼓動〜連鎖する小さな奇跡っていう番組が面白かった。

人生の鼓動 ~連鎖する小さな奇蹟|番組紹介|ナショナル ジオグラフィック (TV)

一人のアメリカ人男性を例にして、人の一生を医学的な観点も合わせて追っていく番組。海兵隊に入隊して、麻疹の悪化で除隊せざるを得なくなり、バーで働いていると運命的に幼馴染の女性と逢い、結婚して双子に恵まれ、家庭のため安定を得るために夜間学校で学位を取得し、定職に就いて働き、病気で九死に一生を得たり、老いていく。時事的なことも関係したりしていて、なんだかフォレストガンプっぽくもあった。

合間合間で心臓の鼓動数や、パートナーを求めるのはDNAに基づいてるだとか、食生活が健康に与える影響、病気に至る過程がユニークに説明されてて面白かった。運動しないと腹だけじゃなくて心臓にまで脂肪が増えたり、結婚すると寿命が延びるだとか、夫婦で寝るとお互いの心臓のリズムが同調するらしい。人生の満足度は70代が高いとか。死ぬ瞬間には、脳が活性化して一瞬だけ光のような光景が広がるらしい。いわゆる走馬灯なんだろうか。

きっと外人にとっての理想的な普通の生活を表していたんだろうけど、凄く幸せそうでいいなあと見てて思った。生きるっていうことを見せてもらった感じだった。こうやって見ると、社会の一員だとかそういった類の話はあくまで付加要素でしかなくて、そりゃお金も大切で人生に深く関わるものではあるし、責任だとか複雑に色々と関係するだろうけど、あくまで生きることが前提の上で成り立ってるものであって、人生を全うすることをブレちゃいけないと再確認した。みんなどうせ死ぬわけだし、その時が訪れるまでに幸せに生きるのが一番で、そこに価値だとか判断すること自体が無駄なんだなと感じられた。理性的に生きるから死にたくなるわけで、あるがままを受け入れるべきだというか。難しいんだけど、理想なのは自分に素直にいるべきなんだなと改めて思った。