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zakki_diaryのブログ

日々の記録。

5/21

月がきれいというアニメ、切実に辛い。6.5話は声にならない声が出た・・・

ニコニコ実況なかったら見られない。

タイトル「道程」ってなんだよ。絶対狙ってるだろ!!!

河合荘9巻のあの一説を思い出す。

痛いっていうのは、同じ土俵に上がったつもりで年齢という断層が入ってる事実に気づかないこと

もうね…地続きじゃないの

土俵には自分しかいないから妬みやひがみは全て自分に返ってくるの

それは空しくて痛いんだって*1

 どれだけ羨ましくても全部自分に返ってくるわけなのに、なんで俺はこのアニメを観続けてしまうんだろう・・・

もしかしたらマゾなのかもしれない・・・

*1:河合荘9巻

5/18

何かに属すること、受け入れられることだけで簡単に満たされる。やるべきことが与えられて、それが自分の能力で解決できるほどの事で、それをしなきゃいけない環境があるから、ある意味充実してると言える。やりたいこと、というのは分からないけれど、苦じゃないから楽しいのかもしれない。そんなものなのかもしれない。

それほど思い悩むことがない。これまではずっとモヤモヤしたわだかまりがあったのに、21になってからそれほど辛くない。ちょっとした話を下らないって思うこともない。自分自身は何も変わらないけど、世渡りは多少向上したのかもしれない。あまり自己評価を低くしなくなったというか、他己評価を気にしないようになって、ちょっとは心に余裕が持てていると思う。

行動する時って、なるべく一人の方が他人に頼らずに動くことができる。気兼ねすることがない。少し前に大学院のオープンキャンパス行ってきたけど、一人で行ったからこそ声をかけて知り合いを作れたと思うし、雑談力がちょっと上がったのかもしれない。もし誰かと一緒に行ったとしたら、わざわざ声をかけるなんてこともしなかったと思う。

このまま同じ環境にあと二年いるか、わざわざ環境変える必要があるのか、まだ答えが出ないけど、答えが出ない状況に甘えてる感もあって優柔不断なままこれで良いのか分からない。このままずるずると引きずったままかもしれない。否定することってすごく簡単なことで、何かに挑戦する意志は、そういった不安や否定要素を振り切ってまで、目を背けてまで行動するまでに大きくないと絶対に安定しない。それが良いか悪いかなんて結果論でしかなくて、現状だとどうしようもないから、周りに流されて波風立たずに済むのが一番無難ではある。でもそれは対面上は良いとしても、自分にとっていいのかは分からない。

風は すずらん通りを抜けると 行ったり来たり 戸惑う人をからかう。良い歌詞。


ラッキーオールドサン『すずらん通り』(Official Music Video)

 

5/15

ようやく映画の何者観た。俺は原作の方が威力があって好きかなあと思う。正直、映画はちょっと微妙だったけど、でもやっぱり恥ずかしくなった。自分のブログを客観的に見てうわあ…って思ったりして、下書きにしてしまった・・・。言葉にして弱い所を突くことってずるい。「絵じゃん」ってネタがあるけど、アレと同じようなものだと個人的に思う。事情を理解せずに否定されてるような。想像力が足りないって言葉、なんだかおもしろい。拓人が裏アカウントであんな事を書いていたとしても、それまでの関わりが嘘にはならない。何を以って人を判断するのかって難しい。

twitterを劇の舞台に見立てたシーンが分かり易くて良かった。不特定多数の共感を得るために、身近な人を傷つけてるということが良く伝わった。原作では隆良がすごく痛々しく映ったけど、映画ではそれほどでもなくて、むしろ素直になっているところを見ると良い奴じゃんと思った。

映画を観て思うのは、こんなに探りを入れるというか、他人と比較したり言葉の裏を取るような人はいないように思う。そんなにいちいち気にしたり、言葉を勘ぐっていたら、周りが敵だらけに見えて大変だろうと思う。考えれば考えるほど、周りを疑ってみてしまって自滅してしまう。あまり何も考えずに素でいるのが一番で、過ごしていくにはそれが楽だと思う。そうしなきゃ辛いし、軽い言葉が受け取り方次第で勝手に大ごとになってしまう。

こんなに人間関係ってベタベタするものなのかな。誰にだって知られたくない一面はあると思うし、興味を抱かれない限り明かさないもので、そんなものだろうと思う。悪口を言えば人間関係が悪化するように、あえて話すことじゃない。それを弁えてる人がほとんどだろうと思う。

人間関係って、言葉にするほどよく分からなくなる。例えば、友達って言葉とか。何でも定義したり、こだわる必要もないんじゃないかなと思う。明るい人とか暗い人とかもそう。それに捉われるとどんどん悪い方向に進んでしまう。自分に自信を持てないと難しい事ではあるけれど。

5/10

五月病のような気分でいる。症状としては五月病だなあと思うから、一言でいうとそうなる。どんなことに対しても目的があやふやで落ち着かない。怠い。これから先が見えてこない。もっとどっしりと構えていられれば楽なのに、なかなか難しい。色んな事が重なっているからか、怠さの正体の掴めない。こういう時って意外と簡単に時間が解決してくれたり、ケロッと治って悩んでたことすら忘れられる時があるけど、まだそうはなっていない。

小山田咲子さんの本を読むと気が楽になる。悲しいわけでも何でもないけど、息詰まるから、閉塞感が拭えない時に読むと落ち着く文章があって助かる。ネガティブな感情はきっとそれぞれ自分の中に隠していて、その事情もそれぞれで違うから、話しても仕方がない。本当は話せたらいいけれど言葉に出来るほどの整理すらついてない。

誤魔化して嘘をついてしまうよりも正直でいるべきなのに、ちょっと誤魔化して保身に走ろうとしてしまって、自分の言葉に責任が持てないことにうんざりすることがあった。他人なんて自分が思うほど気にしちゃいないのに、自分が勝手に思い込んでしまう癖を直したい。


尾崎豊 - Freeze Moon

5/8

最近、武満徹の波の盆ばかり聴いてる。凄く癒される。

岩合さんのネコ歩きの京都の四季回がとても良かった。猫にも人間のように色んなドラマがあることを知ったし、風景が凄く綺麗でとても映える映像だった。梅宮大社に常寂光寺、南丹市美山町義経と春美さんの関係が素敵だった。日本らしさというか、世界のネコ歩きとはまた違った良さを感じた。

どう行動すべきか悩む。何だって単純じゃない。選択肢がある事は幸せなことだけど、選択次第で幸にも不幸にもなるかもしれないと思うと色々考えてしまう。世の中、良い人ばかりであれば良いけれど。

5/5

今日は二枚目無料の某宅配ピザを頼んで三人で食べた。ビール飲みながらピザ食うのがやってみたかったので満足だった。当分食べたくない。マリカーやったり中学時代に戻ったようで楽しかった。

また一人、彼女持ちが発覚した。わけがわからないよ・・・

5/4

昨日今日と特に何もなかった。解放された感じで穏やかに過ごせた。一人の時間は気楽でやっぱり居心地がいい。自分は何も変わらない。愚かなのか無邪気なのか、一日過ぎりゃ自分が昨日より少し偉くなったような気がするものさっていう、エレカシの大地のシンフォニーが沁みる。何だか、ちょっとは成長できた気がしても、実際には何も変わってない。いつだって変わらないのだ。

バイト先の人が卒業旅行でイタリアに行ったという事実を、一年も一緒にバイトしていて初めて知った。まさか近くのイタリアレストランの話から、ヴェネツィアで食ったピザが一番美味いという話につながるとは思いもしなくてびっくりした。旅先あるあるを共有できて楽しかった。個人的には向こうのピザは大して美味くなかったから、俺は店選び失敗したのかもしれないと思った。やっぱり、話してみないとその人のことなんて一面しか分かり得ないのだと感じる。今まで、そんなこと知りもしなかった。

全然会ってなかった後輩とたまたま会って、また一年生を繰り返すことを知った。おしゃれでモテそうな感じがイライラした。

自分の嗜好ってまだまだ分からない。一概に言えなくて、何に惹かれるか自分でも分からないけど、確かに惹かれるものはあって、もしなかったらどれだけ空っぽだっただろうと思う。もっと増やしたいけど、そう簡単に増えるものじゃない。

自分はこういうことが苦手だからこんな生活をしてる、または好きだからこんな生活をしてるっていう人ははっきりしてて良いなと思うし、そうでありたい。